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萩城跡の見どころと歴史|毛利輝元が築いた指月山の城跡を歩く

山口県萩市大字堀内 萩城跡

(2026/06/21 更新)

萩城跡とは

山口県萩市堀内にある萩城跡は、毛利輝元が関ヶ原の合戦後に築いた城跡です。関ヶ原で西軍の総大将だった輝元は、敗戦後に広島から山口へ拠点を移す必要があり、1604年ごろから指月山とその麓の三角州に城を築きました。以後、1863年に藩庁が移るまで、約260年間にわたって長州藩の居城として機能しました。

現在は建物は残っていませんが、石垣や堀などの遺構が残り、国指定史跡として大切に守られています。明治に城が取り壊されたあとも、城下の記憶を今に伝える場所として訪れる人が絶えません。

指月山と石垣に残る城の気配

萩城跡の大きな特徴は、日本海に突き出た指月山を背景にした景観です。山のふもとに築かれた平山城で、自然の地形を生かした城づくりが感じられます。

見どころの一つが、本丸の天守台石垣です。扇の勾配と呼ばれる美しい反りがあり、往時の築城技術を思わせます。明治期まで五重天守が建っていたという写真も伝わっており、今は石垣のみでも、かつての姿を想像しながら歩く楽しさがあります。

また、内堀や白壁の土塀、日本庭園の跡なども残っていて、城跡ならではの落ち着いた空気を味わえます。石垣を眺めながら歩くと、歴史の重みと海辺の開放感が重なるように感じられます。

世界遺産エリアとしての魅力

萩城跡の周辺は、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産にも含まれています。指月公園もそのエリアに含まれ、散策しながら歴史と景観の両方に触れられるのが魅力です。

訪れた人の中には、修学旅行以来の再訪で当時の景色を思い出したという声もあります。古の雰囲気がよく残り、静かに心が落ち着く場所として受け止められているようです。

散策で感じる萩城跡の表情

一方で、城跡としての魅力があるからこそ、整備の印象に目が向く人もいます。石垣や堀は見応えがあるものの、庭園や周辺の手入れについては、より充実すればさらに魅力が増すという感想も見られました。

それでも、天守台跡や内堀、石垣、土塀をたどる時間は、萩の城下町らしい歴史の気配をじっくり味わえるひとときです。高台や展望所から日本海を眺めれば、城の立地そのものが持つ意味も感じやすくなります。

まとめ

萩城跡は、毛利輝元の時代背景と長州藩の歴史をたどれる、萩を代表する史跡です。建物は残っていなくても、石垣や堀、指月山の景色が往時を静かに伝えてくれます。

歴史好きの方はもちろん、萩の空気をゆっくり感じたい方にも向いている場所です。城跡を歩きながら、萩という町の時間の流れに触れてみてはいかがでしょうか。