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中野の農地を潤す八ヶ郷用水 八つの郷をつないできた水の道

長野県中野市大字中野 八ケ郷分水タンク

(2026/09/28 更新)

八ヶ郷用水とは

長野県中野市を流れる八ヶ郷用水は、夜間瀬川の水を取り込み、周辺の農地へ配分してきた用水です。中野市の水田221ha、畑294ha、合わせて515haをかんがいしてきたとされ、稲作だけでなく、リンゴ・モモ・ブドウなどの果樹栽培を支える水の道としても知られています。

この用水の名前にある「八ヶ郷」は、夜間瀬川中野扇状地に発達した郷村、更科・小田中・西条・吉田・一本木・若宮・竹原・中野の八つの地域による水利共同体を指します。地域の暮らしと農業が、水をめぐって結びついてきたことがうかがえます。

水を分ける仕組み

八ヶ郷用水の水は、志賀高原の大沼池や琵琶池、群馬県側のガラン沢に源を持つ寒沢堰などから集められ、横湯川や角間川を経て夜間瀬川に合流します。その後、夜間瀬橋付近の取入れ口から松崎分水槽へ導かれ、そこから各堰へ分けられます。

分水は、更科堰、吉田堰、一本木堰、若宮堰、竹原堰、中野堰の6つに分かれ、さらに中野堰の下流で小田中堰、西条堰にも分かれます。ひとつの流れを共同で使いながら、複数の地域へ配水していく仕組みが、八ヶ郷という名前にそのまま重なっています。

現在の中野市を支える水

中野市は、千曲川が市域を流れ、高社山や志賀高原の景観にも恵まれた土地です。そうした自然環境のなかで、八ヶ郷用水は農地を潤すだけでなく、地域の生活にも近い存在として受け継がれてきました。

水路そのものは、観光施設のように目立つものではないかもしれませんが、農地の広がりや果樹栽培の風景を思うと、その役割は大きいものです。清らかな水が分けられ、土地に行きわたることで、畑や田んぼの景色が形づくられてきました。

先人の工夫と地域の記憶

八ヶ郷用水は、日本の疏水百選にも選ばれています。水を引き、分け、守ってきた仕組みには、長い時間をかけた地域の工夫が重なっています。

また、取入れ口付近では毎年、一栗竹(一本木区・栗和田区・竹原区)の有志によってドンドン焼きが行われているとのことです。水路は農業のための設備であると同時に、地域の行事や記憶とも結びついているようです。

歩いて見るなら

八ヶ郷用水は、単独で大きな観光地として紹介されるというより、中野市の農地や集落の成り立ちを知るうえで手がかりになる存在です。用水の流れをたどると、夜間瀬川と周辺の郷村、そして果樹や水田を支える土地改良の歴史が見えてきます。

中野市を訪れた際には、農地の景色や川の流れとあわせて、こうした用水の存在にも目を向けると、この土地の暮らし方がより立体的に感じられます。八ヶ郷用水は、今もなお地域の農と生活を静かに支える水路です。