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米作りを支える北海幹線用水路と、空知を流れる水の記録

北海道美唄市峰延町本町 北海幹線用水路

(2026/09/30 更新)

北海幹線用水路とは

北海道空知地域の米作りを支えてきた北海幹線用水路は、赤平市の北海頭首工を起点に、砂川市、奈井江町、美唄市、三笠市、岩見沢市、南幌町へと続く全長約80キロメートルの用水路です。農業用水路としては国内最長と言われ、石狩川流域の泥炭地を水田地帯へと変えてきた施設として知られています。

現在も、空知川の水を取り入れながら、田んぼへ水を届けています。水はおよそ時速4キロの速さで流れ、北海頭首工から終点の南幌まで、長い距離をたどります。米づくりの現場では、こうした水の流れが今も欠かせません。

人の手で切り開かれた水路

この用水路は、かつて「北海かんがい溝」と呼ばれていました。大正13年に北海土功組合が着工し、友成仲が率いた工事は、モッコやツルハシ、スコップを使った人力中心の作業でした。土の運搬には馬も使われ、わずか4年4カ月で通水が実現したと伝えられています。

泥炭地の開発は、その後も簡単ではありませんでした。排水工事や客土もぬかるみの中で進められ、土地改良の積み重ねによって、今の稲作地帯が形づくられていきました。北海幹線用水路は、そうした時間の層を背負う施設でもあります。

水をめぐる現場の管理

北海頭首工では、北海幹線用水路のスタート地点として、取水口の管理が行われています。毎年5月1日から8月31日までの約120日間、水が流され、多いときには空知川から毎秒約42.5トンを取り入れます。取水口にはゴミも集まるため、定期的にクレーンで取り除き、きれいな水を守っています。

管理棟では24時間体制での監視が行われ、敷地内には北海水神宮もあります。通水式と断水式の際には関係者が集まり、神事が行われるとのことです。水路は目に見えにくい場所でも、こうした管理と祈りに支えられています。

田んぼだけではない役割

北海幹線用水路の役割は、米づくりにとどまりません。冷害から稲を守る深水灌漑、生活用水、防火用水、親水や景観保存、生態系保全、土砂崩壊防止や表土保全、洪水防止、水源涵養など、複数の機能を担っています。

水路沿いには水路橋が設けられている区間もあり、道道227号赤平滝川線としばらく並走する場所では、散歩道も整備されています。水が通る場所でありながら、地域の風景の一部として見える区間もあります。

街の中にある親水の風景

砂川市街地では、北海幹線用水路の上に親水公園「流れのプラザ」が整備されています。大きな水車が見えるこの場所では、用水路の上部が公園として使われ、子どもが遊んだり、水と親しんだりする場になっているそうです。

用水路は農村だけのものではなく、街の中でも姿を変えながら息づいています。こうした取り組みは、北海土地改良区がウォーキング大会やハーブの植栽、見学会などを通じて続けている活動ともつながっています。

光珠内調整池と水の備え

美唄市の光珠内調整池は、北海幹線用水路のほぼ中央に位置し、貯水量は約158万トンです。札幌ドーム1個分に相当する量をためることができ、水が余ったときには蓄え、不足すると補給します。

5月の代掻きや、7月の深水灌漑のように、水が多く必要になる時期を支える存在です。ここでは年に一度、7月末の日曜日に地域と一体となったウォーキング大会も開かれています。水路を歩きながら、その仕組みを知る機会として続いてきたようです。

今も続く改修と、これからの米づくり

北海幹線用水路は、いまも改修工事が行われています。大型機械の導入に対応する水の確保や、深水用水の確保を目的とした整備も進められているとのことです。用水路の豊富な水と、暗渠排水などの総合的な整備によって、直播栽培も始まっています。

空知では、後継者問題や高齢化がある一方で、耕作放棄地はほとんど見られないとされます。離農があっても、別の担い手が面積を引き継ぎ、より大規模な農業へとつながっていく流れがあります。北海幹線用水路は、その土台を支える水の道として、今も地域の中を流れ続けています。

水が流れ、風景が残る

北海幹線用水路は、田んぼを潤すだけでなく、街の風景や地域の記憶にも関わる施設です。赤平から南幌へ、約80キロにわたって続く水の道には、管理の手間も、先人の労苦も、現在の農業を支える工夫も重なっています。

水が流れているあいだ、そこには人の仕事と暮らしが結びついた時間が見えてきます。北海幹線用水路は、空知の稲作を支えるインフラであると同時に、地域の歩みを映す一筋の水路でもあります。