広島県東広島市八本松町宗吉 大山峠
(2026/10/05 更新)
文化庁選定「歴史の道百選」に含まれる道の一部には、今もなお自然災害の影響が残っています。入力された記録からは、西日本豪雨のあとに瀬野側の崩落ポイントや西側・東側の崩壊箇所を注意しながら通り抜けた様子が伝わってきます。
本来、古道や街道は人や物の往来の舞台として残されてきた道ですが、この区間では、いわゆる「街道歩き」という印象よりも、崩れた斜面や土石流跡、藪をかき分ける場面のほうが前面に出ています。道の記憶をたどるというより、荒れた地形の中を足場を確かめながら進む歩き方に近いようです。
記録では、GPSと国土地理院地図が使える地図アプリを常時確認しながら、危険箇所を避けて進んだとあります。位置を見失わずに迂回できれば通り抜けられた、という声もあり、道そのものが完全に失われているわけではない一方で、歩行にはかなりの注意が必要だったことがうかがえます。
杖一本を頼りに藪こぎや転落防止を意識しながら進めたという記録もあり、一般的な散策路というよりは、山歩きに近い装備と経験が求められる状態です。土石流跡を横切る場面や、ぬかるみが続く道もあったようで、足元の悪さは相当だったと読めます。
一方で、倒木や流木の撤去に関わった人への感謝の言葉や、八本松側は治山工事が終わってなんとか通れるようになっていた、という記録も残されています。災害直後の荒れた状態から、少しずつ通行可能な区間が戻ってきた過程がうかがえます。
ただし、同じ道でも場所によって状況は異なり、西側も東側も崩壊が激しく、区間ごとの差が大きかったようです。ある時点では歩けても、別の場所では藪こぎが必要になるなど、連続した道としての感覚が薄れやすい状態だったことがわかります。
記録の中には、普段山登りをしている人なら通れるかもしれない、という感想もあります。これは、舗装路や整った遊歩道の延長ではなく、足場を選びながら進む山道的な性格が強いことを示しています。
また、6月中旬の記録では、藪漕ぎを覚悟して入ったものの、荒れ果てているというほどではなく、いくつかの崩れを避ければ通り抜けできたとされています。酷暑の国道を歩くよりも涼しく歩けたという感想もあり、季節や天候によっては、同じ道でも印象が大きく変わるようです。ただし、ずっとぬかるんでいたという点は変わらず、歩行のしづらさは残っていたようです。
文化庁は「歴史の道」を、古くから人や物、情報の交流の舞台となってきた道として位置づけています。そうした道が、災害を受けたあとの姿を見せるとき、そこには往来の歴史だけでなく、自然の力や復旧の積み重ねも重なって見えてきます。
今回の記録は、古道を気軽に楽しむというより、災害後の道を慎重に読み解きながら歩いた実感を伝えるものです。崩落、流木の撤去、治山工事、藪こぎ、ぬかるみといった要素が重なり、道は単なる移動の場ではなく、今の地形をそのまま映す場所になっていました。
2021年3月時点では八本松側がなんとか通れるようになっていた一方で、別の時期や別の区間では崩壊の影響が濃く残っていました。こうした断片的な通行記録は、道の復旧が一様ではなく、場所ごとに進み具合が異なることを示しています。
歴史の道百選に選ばれた道であっても、現地では必ずしも整備された観光路とは限りません。今回のような記録は、道の現在地を知るうえで貴重ですし、歩く人にとっては、古道の趣と同時に、自然災害の痕跡を目の前にする場面でもあるのでしょう。