福井県小浜市岡津 岡津製塩遺跡
(2026/07/04 更新)
岡津製塩遺跡は、近畿自然歩道のトレイル中にも立ち寄れる古代の遺跡です。読みは「おこづ」で、日本遺産「御食国若狭と鯖街道」にも関わる場所として紹介されています。奈良時代に大量の塩を生産した官営工房跡と推定されており、若狭の海辺で行われていた製塩の歴史を今に伝えています。
小浜市街地から国道27号線を西へ約10キロメートル、小浜湾の奥まった場所にあり、青戸の入江に面しています。遺跡の前には青葉山、別名「若狭富士」がよく見え、海辺の静かな風景の中に史跡が置かれています。
この遺跡は昭和53年と昭和54年に発掘調査が行われました。若狭地方では土器製塩遺跡が数多く確認されていますが、その中でも保存状態が良好なものとして、香川県の喜兵衛島の製塩遺跡とともに国の史跡に指定されています。指定範囲は4,981平方メートルです。
遺跡は古墳時代後期から奈良時代にかけてのものとされ、若狭の製塩土器の編年では浜禰ⅡB式、岡津式、船岡式の各時期に属するとされています。石を敷きつめた製塩炉跡は合計9基検出されており、岡津式の1号炉から4号炉、船岡式の5号炉から9号炉まで確認されています。さらに、現海岸線より約20メートル奥には海岸部遺構として護岸があり、その東側では南北約30メートル、東西約10メートルの範囲に性格不明の焼土面も見つかっています。古代の土器製塩工房跡の全容を示す遺跡として位置づけられています。
公園施設としては、製塩遺跡についての解説板、ベンチ、東屋が整えられています。また、発掘された製塩炉跡に加え、レプリカ復元された製塩炉も見学できます。遺跡の内容をその場で確認しながら、古代の作業の跡をたどれる構成です。
一方で、自動販売機やトイレはなく、専用の駐車スペースも見当たりませんでした。訪問は自転車がしやすい印象で、車で向かう場合は近隣の鯉川シーサイドパークの駐車場を利用することになるかもしれません。ただし、オフシーズンなどは閉鎖されている場合もあるようです。
若狭で生産された塩は、奈良の都へ調塩として納められていました。藤原宮や平城宮から出土した若狭からの送り状の木簡が、その往来を物語っています。海辺でつくられた塩が都へ運ばれた流れを考えると、この遺跡は単なる作業場跡ではなく、古代の物流や税制を支えた場所としても見えてきます。
また、若狭の東部・三方町食見の近世の里謡には、海辺の村での塩づくりの労苦をうたう一節が残されています。岡津製塩遺跡でも、海と向き合いながら続けられた作業の気配が、発掘された炉跡から静かに伝わってきます。
この遺跡の印象を強くするのは、やはり風景です。海に開けた場所から青葉山が正面に見え、若狭富士と呼ばれる山並みが古代の製塩遺跡の背景に重なります。史跡としての重みだけでなく、海辺の眺めそのものが、遺跡の記憶を支えているように感じられます。
近畿自然歩道を歩く途中に立ち寄ると、海辺の地形と古代の産業遺跡が同じ場所に重なっていることが、より実感しやすいかもしれません。岡津製塩遺跡は、若狭の海が育んだ歴史を、今も静かに示している場所です。