旅旅

五能線全通記念碑を訪ねて 艫作駅の近くに残る鉄道開通の記憶

青森県西津軽郡深浦町大字舮作 五能線全通記念碑

(2026/09/09 更新)

艫作駅から歩いてたどる、五能線全通の記念碑

青森県深浦町の艫作駅から歩いて10分ほど。不老不死温泉へ向かう道の途中、艫作埼灯台の手前に、五能線全通記念碑がひっそりと建っています。線路から少し離れた場所にあり、列車の窓から目に入るような位置ではありませんが、だからこそ、歩いて訪れる人にだけ静かに存在を示しているようにも感じられます。

周辺は海岸沿いの道らしく、風の強さや冬の厳しさを思わせる空気があります。五能線が日本海沿いの難工事で知られていることを思うと、この碑の立つ場所には、路線の記憶をそっと置いておくような意味があるのかもしれません。

1936年に全線開通した五能線

碑に刻まれているのは、五能線が全線開通した日付です。秋田県側の能代線と青森県側の五所川原線が段階的に開通し、最後の工区となったこの付近でつながったのが1936年7月30日でした。入力情報によると、今年で90年を迎えます。

また、碑の表面には当時の鉄道大臣の書があり、裏面には大正11年の起工から全通までに関わった歴代建設事務所所長や建立者の名前などが刻まれています。鉄道の完成を記すだけでなく、工事に関わった人々の名前を残しているところに、長い年月をかけた路線建設の重みがにじみます。

五能線は、海岸線に沿って線路を延ばしていった路線として知られています。艫作のあたりに立つと、その難工事の話が単なる記録ではなく、地形や海風を前にした現実だったのだろうと想像しやすくなります。

建立者・栗原源蔵氏にまつわる話

碑の建立者として記されている栗原源蔵氏は、羽越本線や五能線などの鉄道工事を請け負った人物だそうです。さらに、かつて東北一の遊園地と称された「将軍野遊園地」の建設など、秋田市の街づくりにも関わったと伝えられています。

氏の肖像画が秋田市将軍野地区コミュニティセンターに飾られているという話もあり、鉄道工事だけでなく地域の景観や暮らしの整備にも足跡を残した人物として受け止められているようです。記念碑の前に立つと、路線の完成を祝うだけではなく、その背後にあった仕事や人のつながりまで見えてくる気がします。

旅の途中で立ち寄る、小さな記憶の場所

艫作駅から不老不死温泉へ向かう途中にあるため、温泉宿へ歩く人や五能線を乗り継ぐ旅の途中で見つける人もいるでしょう。実際の訪問記でも、鈍行列車で艫作駅に降りて歩いたり、近くの月夜見神社に立ち寄ったりしながら、この碑を見たという声が寄せられています。

大きな観光施設のように説明が整っている場所ではありませんが、だからこそ、路線と土地の関係がそのまま残っているような印象があります。五能線の車窓で海を眺めたあと、少し歩いて碑の前に立つと、線路が通った時間の長さや、そこに関わった人たちの息づかいが静かに重なって見えてきます。

月夜見神社とあわせて歩きたい周辺

碑の近くには月夜見神社もあります。道路脇の鳥居から少し階段を上るとお社があり、記念碑とあわせて歩くと、海沿いの道の中に小さな祈りの場所が点在していることに気づきます。

五能線全通記念碑は、派手な見せ場があるわけではありません。けれど、艫作駅から歩いてたどり、灯台や神社のある道の途中で立ち止まると、鉄道が海岸線を切り開いてきた歴史が、地図よりも実感を伴って伝わってきます。五能線の旅を少し違う角度から見たいとき、こうした記念碑の前で足を止める時間も、旅の記録の一部になりそうです。